バック「平型めしわん」
いずれも高5.1 径15.0p
1992年 作品撮影:大堀一彦/中嶋勇

優れた感性と機能性
「日常の生活で使う器を考え、

 形を創り

 工場で生産することにより、

 多くの人々とともに共有し

 生活することに、

 デザインの喜びを感じる」

 
森 正洋 Mori Masahiro

1927年に佐賀県に生まれる。 52年、多摩造形芸術専門学校(現・多摩美大)工芸図案科卒業。 60年に「G型しょうゆさし」がグッドデザイン選定。 74年に国井喜太郎産業工芸賞を受賞。 同年、九州産業大学芸術学部教授に就任。 75年には毎日産業デザイン賞受賞。 同年、イタリア・ファエンツァ国際陶芸展インダストリアル部門金賞受賞。 77年にはスペイン・バレンシア国際工業デザイン展陶芸部門にて金賞受賞。 89年、愛知県立芸術大学教授に就任。 99年に日本陶磁協会賞金賞受賞。

 これが陶磁器のデザイナーとして、内外にあまねく知られている森正洋氏がいう、自身のデザインのポリシーです。
 やきもの王国佐賀県・有田の隣町といっていい磁器産地、長崎県の波佐見を本拠地にして、森氏は陶磁器のプロダクト・デザイナーの道を開き、長く活躍してきました。 それらの仕事の方法はといえば、ある程度の量産にかなう生産性とコスト、また機能的な器のデザインという複数の目的を、いつも同時に求めながら、しかし根気強く、作業が進められてきました。
 その結果、使い勝手がすこぶるよく、かつ安価で求めやすい、しかもなにより、ミニマムで美しい数々の日常の食器たちが生まれたのです。 それらの実績のひとつとして、Gマーク(グッドデザイン)に選定された器だけでも、これまでに111点を数えるといいますから、ひとりの陶磁器デザイナーの仕事としてのその数の多さには、かなり驚いてしまいます。
 
「シェルボール」
ボールLL〜SS 高13.0〜高4.4p 1982年 
作品撮影:大堀一彦/中嶋勇

土を押し出すときにできる縞模様を、貝殻の模様に見立て、それをそのまま器の装飾に用いたものです。 また口縁部は少し波を打っていますが、あえて整えずに土の生理をそのまま採用しました。 そういう意味では、日本的な美意識の器…つまり「和食器」といえそうです。 

  
 それだけに、少し気を付けて見ていれば、郊外の洒落たレストランやジャズの流れる都市の喫茶店、あるいは、知人の家での会食の機会などに、期せずしてそれら森氏のデザインによる食器に出くわすことも、結構多いものです。
 そして森氏自らにも、このようなエピソードがあるといいます。
 かつて、アメリカを旅している時でした。 たまたま当時、ニューヨークにアトリエを持って制作していた高名な洋画家・猪熊弦一郎氏(1902〜93)に、偶然出会ったといいます。 初対面の割には、猪熊氏にずいぶんいろいろと親切にしてもらったそうです。 おまけに、ぜひにと食事にも誘われてしまいました。 あまりに熱心な招待だったため、ついにそれを受けることにして、猪熊邸に行ってみてビックリしました。
 その会食の席で使われていたのが、なんと自らがデザインした食器揃いだったからです。 聞けば猪熊氏は、以前から森氏のデザイン作品の大ファンだったそうです。
 
「角型冷酒器」
注器 高14.8 径23.0×16.2p
盃   高4.8  径4.5×4.5p
1993年 作品撮影:大堀一彦/中嶋勇

この作品は一転し、使い勝手や生産性を優先せずに、デザイナーとしての創作性を強調して作られた独特の作品です。 日常的な器をテーマにしながらも、創造性がはっきりとうかがえます。

 
 そのようにして、多くの人々から支持され続けて50年。 その間には、数々のベストセラーやロングセラーの器も生まれました。
 1960年、記念すべき第1回グッドデザイン賞を受賞し、多くの人々から賞賛されたのが「G型しょうゆさし」です。
 
この「G型しょうゆさし」を見て『アッ!! どこかで使った(見た)ことがある!』と思う人は、意外に多いのではないでしょうか。 グッドデザイン運動の象徴ともいわれるデザイン作品で、森正洋氏の陶磁器デザイナーとしての出世作のひとつです。 

  
 「象の鼻」ともいわれる流れるようにチャーミングな注ぎ口。 手で持っても、大きすぎず、また小さすぎない手頃なサイズ。 どっしりとした安定感がある形をしていながら、でも、決して野暮ったくない美しいフォルムと清潔感…。 もちろん、見た目だけでなく、使っても尻洩れなどないように、注ぎ口の形状は充分に工夫されています。
 
 まさに、機能性とデザイン感覚が一体になって生まれた、森デザインの傑作のひとつです。
    
「P型コーヒーセット」
ポット 高11.7 径16.7×9.4p
カップ 高6.4  径11.0×7.0p
1974年 作品撮影:大堀一彦/中嶋勇

森デザインには様々な把っ手がつけられたカップがあります。 なかでもこのP型は、イタリアのファエンツァ国際陶芸展の産業デザイン部門で金賞を受賞した作品です。 新鮮なデザインが国内でも好評だったといいますが、海外でも高い評価を受けました。

 
 では具体的には、一体、どのようにしてこれらの日常の、美しく愛らしい器たちが発想され、デザインされていくのでしょうか? 森正洋氏に聞いてみることにしました。




時代を忘れないデザイン 

 「一般的にいって、日本では『皿』というと、皆さん洋皿を想像することが多いのではないでしょうか?」 と、森正洋氏はいいます。
 ところが日本には、箸を使って食べる特殊性があります。 となると、浅い皿では食べにくく、しかし鉢のように深くはない皿がほしくなるはず。 皿をデザインする時には、そのようにいつも使い勝手のいい深さを見極める点で、苦労するそうです。
 
「ファンシーカップ」
いずれも高11.4p 1969年
作品撮影:大堀一彦/中嶋勇

手で持つ形を、カップのデザインそのものに活かして作られています。それによってこのような美しくて新しい、独特な器形のカップが誕生しました。もちろん、持ちやすさという実用性も、充分に考慮されて作られています。 

 
 中には日本より先に外国で評判となってやがて国内で知られるようになったデザイン作品もあります。

「金属でもプラスチックでもないやきもののデザインだからこそ、外国と比較しても、日本の独自のものがでてきやすくなると思いますよ」 たとえば、こんな例もあります。 「A型パーティトレイ」という組皿が、海外で有名になりました。 三角形と細長い台形の六枚の皿が組合わさって、ひとつの方形となる組みものです。
 ところが、やがて日本でも評判をとりはじめると、あるご婦人から、「A型パーティトレイ」は食器棚に入りにくい、といわれたそうです。
 そこで工夫・改良を重ねた末に、角を基調としたデザインから離れて、円を形の根本として丸みを活かし、「O型パーティトレイ」として発表しました。 もちろん、日本的収納をも考慮したデザインであることはいうまでもありません。
 また、ロングセラーとなっている「灰皿」もあります。 扇風機の風が当たっても灰が飛びにくく、しかも、吸いかけの煙草が外に落ちないように安全設計になっています。 この灰皿が30年を越えてなおヒットを続けるわけは、バランスのとれた飽きのこないシンプルなデザインと、徹底的に追求された機能性のたまものに違いありません。
 「なにも有名な灰皿ということではありませんが、ロングランです。 作者としては、とても嬉しいことですね」と森氏は、相好を崩しながらいいます。

同展会場には、若い観客も多く目につきます。 

 そして「平型めしわん」の制作エピソードは、こんなふうでした。
 飯碗を作る時に想定する日本人の手の標準サイズは、口径が13センチなのだそうです。

 「ところが、標準的なサイズで作ってみると、あまりに決まりすぎなんですよ。 そこでデコレーションが許される範囲内ということで、2センチ伸ばして15センチと決め、しかも、高さは5センチほどの、浅く平らなものにしました」

 これまで慣れ親しんだ飯碗からすると、ほんのちょっぴり意外性のあるサイズといい、浅い形状といい、見る側には鮮烈に感じられます。 さらに、少しだけ伝統的でありながら、けれどポップな装飾性が、とても現代的です。 1992年の発表以来、次第にバリエーションも豊富になって、今では300種類を越えるほどといいます。

  日本の、先人たちの残した器の形を視野に入れながらも、しかし、現代の私たちの生活に則した器のデザインを決して忘れません。 そんな森正洋氏の多様で創造的な仕事は、今日の日本の陶芸の一翼を確かに担っているのだと感じられました。 

取材:2002年「森正洋―陶磁器デザインの革新―展」


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